第六回 3つ目の出会い
漁獲1回に対して、食べられるのに捨てられている魚が予想以上にいる。
どうすれば、こういう不遇な魚たちを減らすことが出来るのだろうか。
毎週のように都内から伊豆半島まで通い、漁師と苦楽を共にし、暑い日も寒い日も漁に同行、彼の地道な研究は進んでいった。
その解決方法は主として2つの考え方に大別出来る。
1つ目は「獲れないようにする工夫」、もう一つは「獲れてしまったものを有用活用する工夫」だ。
捨てられる魚は小型魚中心で網目を大きくする・時期を調整する等で減らすことが出来る。
また、後者については「市場価値の創出」だ。
未利用資源をどう商品化し、それをどう販売していくか。
後にこの視座が「築地セリ人・疋田」としての市場価値すら高めていく事になる。
ほぼ毎週末、漁に同行し、彼は一つの真理に達した。
「餅屋は餅屋」、つまり「漁師は漁師として生きる。魚を獲るプロにどこまでも徹する事」。
現在の風潮として政府含め、漁業効率化や流通簡略化を謳って久しいが、やはり時間軸の制約も含めて、それには限界がある。
早朝から波風に揺られた身体は想像以上に疲れている。
陸に上がった後に自分で獲った魚を加工し流通・販売させ、会社会計も行う等、本当に無理な要求だ。
また研究によって、彼はもう一つの真理も見つけていた。
それは、事件は現場で起こっているではないが、「全ては漁獲時に決まっている」ということだ。
言い換えるならば、「魚は現場での取り扱いでその後が全て決まってしまう」ということであり、どれだけ鮮度感含めた品質に注視出来るかだ。
彼は、自らの視座を「現場」に置く意味を「強み・差別化」へと将来活用していくことになる。