第八回  現場力

彼は、自らの視座を「現場」に置く意味を「強み・差別化」へと将来活用していくことになる。

毎週の漁業研究において、彼は現場というものの重要性・変動性・非効率性に気が付き、現場での意味合いをより深く考えるようになった。

 

大学卒業後の進路に関しても、そういった意味合いで「現場主義であり個の能力を高めるような企業」への就職を決めた。

“築地魚市場㈱”は水産物卸売業を行う老舗企業であり、築地市場にてセリ業務を行う会社だ。2009年4月入社、彼は鮮魚部高級魚グループに配属された。

 

80年前の建物だが、彼には全てが新しく見えた。

1日の水産物の取り扱い20億円、450魚種類にも及ぶ水産物の数々。

その中で高級魚グループはタイ・ヒラメ・サワラ等、特に白身系の上物(じょうものと読む)を取り扱い、絶えず20-30魚種を流通させていた。

また、その顧客はグループの名前に恥じない老舗寿司屋や名門ホテルであり、「築地の目利き」達の最前線であった。

 

朝0時半、まだ肌寒い春先の市場、ピカピカの長靴を履き、はじめての現場に入った。

築地では毎朝セリによる販売が行われ、価格が需要供給のバランスにより形成される。

「よし、疋田・・じゃあこの天ダイを良い順に並べろ」、出社初日の彼に上司より指示が出た。

「そもそも天ダイって何だ?あー天然物のタイの事か!でもタイを良い順に並べる?同じような色・大きさの物じゃないか。えっと・・どこに差があるんだ」どういう基準かも分からず、何となくの感覚で並べててみた。

「〇〇さん、出来上がりました!」それを見た上司は眉を顰めた。

どうやら納得のいくものはないらしい・・何も分からない彼にもそれだけは伝わってきた。

上司は言葉を発さず、無言で並び替えを始めた。

一瞬にして魚を判断し、順番を入れ替える。

その目利きに迷いは感じられなかった。

そして、上司は一言も喋ることなく、サッと別の仕事に移っていった。

「何が違うんだろう。どこを見てるんだろう。」彼の疑問に上司はただひたすら、行動のみでしか教えようとしなかった。

「俺の魚を見ろ」そういう強い雰囲気だけが伝わってきていた。