第十七回 人生の歩み方

無秩序に存在する一つ一つの知識やヒントを収集し、それを意味付け、結び付けを行い、仮定からの実践、実践からの確認、結果からの改善、また仮定実践へと移していく。

とにかくこの繰り返しを短期間に何度も行い、それを社内施策として共有した。

 

「おめでとう疋田!今年の社長賞は疋田を推薦しようと思う」部長から嬉しい声が掛かる。

全社員300名の中で年間功績の大きかった社員に送られる賞だ。

嬉しさと同時に、半ば押しつけのように思えたイクラ事業を推進させ、本当に良かったなと思える瞬間でもあった。

自分の行動力が難局を乗り越える原動力となったという事は紛れもない前提事実ではあるものの、この部長のおかげで思いっ切りバットを振りに行けたという感触が大きかった。

イクラ事業に着手する前も、彼は前年を上回る営業実績を上げており、社内でも目立った存在へと着実に階段を上っていた。

そこに伸し掛かってきた事業がこのイクラ事業ではある。

この事業を彼に任命する際、部長はこう伝えていた。

「疋田、お前はこれまで実績を残してきた。そして、今回新たな任務に就く訳だが、思いっ切りやって構わない。お前はこれまで失敗をしてこなかった。失敗から学ぶことも多くあるだろう。俺が部長である間に、失敗という経験を踏んで構わない。最期、全ての責任は俺が取る。思う存分にやりなさい」

 

人間というものは分かりやすいものだ。

失敗するなと脅されれば、失敗をしないレベルまでの仕事しか創ることが出来ない。

後ろ支えがあるという肌感覚が彼の背中をスッと押してくれたわけだ。

ここから先の人生において、この言葉が一つの指針として胸に刻み込められる。

結果、イクラ事業は軌道に乗り、会社にとっての一つの看板商材として成長するに至る。

その翌年も社長賞を受賞した。

2012年に鮮魚部から転籍し、塩冷部(冷凍品部)となり、3年の年月が経とうとしていた。

 

「新郎、あなたはここにいる友美を病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しき時も、妻として愛し、敬い、慈しむ事を誓いますか?新婦、あなたはここにいる拓也を病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しき時も、夫として愛し、敬い、慈しむ事を誓いますか?」

2013年7月15日入籍、2013年10月5日披露宴、彼は人生においての一つの転機を迎えることになる。

2010年に右耳の病気から3年余り、聴力は失ったものの彼は仕事においての仲間や人生の伴侶を得ることになった。

 

2014年3月1日に長女海里が誕生し、家族という意味をより深く考えるようになる中で、仕事も順調に拡大を重ねる。

アラスカ・カナダへの鮭鱒類買付視察や中国への加工工場視察等、これまでの築地セリ人としての範疇を越え、新たな領域へと舵を切る事になった。

同時につまりそれは家を不在にする時間が増え、家族と過ごす時間が減るということを指していた。

「何の為の結婚、何の為の家族なのだろうか?」

彼の中でまた一つ「人生の歩み方」という点において、一つの疑問が生じた瞬間でもあった。